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おくすり界の大谷翔平  SGLT2阻害薬について

[2025.06.07]

二刀流で(今は投手はリハビリ中ですが)大活躍の大谷翔平選手ですが、お薬の世界でも一つの疾患にとどまらず、色々な疾患の治療薬として活躍しているお薬があります。今回はそんなお話です。

糖尿病の治療薬として開発されたSGLT2阻害薬

SGLT2阻害薬というお薬があります。このお薬は糖尿病の治療薬として開発され発売されました。普段は腎臓から尿が作られる際に、からだの中の糖はSGLT2という輸送体を通して糖が尿に出ないように腎臓からからだに再吸収されています。SGLT2阻害薬はSGLT2を阻害することにより、からだの中の糖が腎臓から体に再吸収されるのを防ぎます。結果として糖は腎臓から尿中に出ていき、からだの中の糖が減ることで糖尿病を改善してくれます。ひらたく言えば血液中の糖をおしっこにじゃかじゃか出してくれるので、血糖が下がり糖尿病が良くなります。

尿から糖を出して血糖を下げるという今までの糖尿病治療薬にはない働きをするお薬でしたので、発売された当初はどちらかというと安易に患者さんに処方しないように、慎重に処方しましょうと言われていました。

転機となったEMPA-REG OUTCOME試験

アメリカ食品医薬品局(FDA)では近年、新しい糖尿病治療薬を開発した場合には心臓や血管の病気に対しての安全性を確認することを求めています。このためエンパグリフロジン(ジャディアンス)というSGLT2阻害薬に対しても安全性を確認する試験(EMPA-REG OUTCOME試験)が行われました。すでに標準的な糖尿病治療を受けられている日本を含む42か国の患者さん7020例に対してエンパグリフロジンを服用する人たちとプラセボ(偽薬)を服用する人たちに分けて、心臓血管病による死亡率、心筋梗塞や脳卒中の発症率などが調べられました。

結果は糖尿病標準治療にエンパグリフロジンを加えた方たちのほうが、標準治療のみ(+プラセボ)の方たちと比べて心臓血管病による死亡率、心筋梗塞や脳卒中の発症率、心不全による入院、腎臓が悪くなるスピードや透析に至る率など死亡や心臓、腎臓に関わる項目を劇的に改善していたことが分かりました。このようなすごい結果を出した糖尿病治療薬は今までにはなく、SGLT2阻害薬は単に血糖を下げる薬ではなく心臓や腎臓にもいい働きをする薬ではないかと一躍大きな脚光を浴びるようになりました。

現在の糖尿病におけるSGLT2阻害薬の位置づけ

その後も色々な臨床試験が行われ、糖尿病患者さんに対して血糖だけではなく心臓や腎臓の病気に良い効果が出ることが相次いで報告されました。現在では心臓血管病や心不全の既往がある糖尿病患者さん、蛋白尿(アルブミン尿)を認めたり腎機能が低下している糖尿病患者さんには積極的にSGLT2阻害薬を使うことが推奨され、色々ある糖尿病治療薬の中でも確固たる地位を築いています。

心臓、腎臓分野へのさらなる活躍

このような結果が出て、世界中で次のような疑問が出ました。「糖尿病がある患者さんには心臓、腎臓にいい働きがあるのは分かった、では糖尿病がない患者さんにはどうなんだろう」と。

そこで糖尿病がない慢性腎臓病患者さんを対象にして腎機能の低下や透析に至る期間、腎臓病による死亡への影響を調べる試験(EMPA-KIDNEY試験、DAPA-CKD試験)、糖尿病がない心不全患者さんを対象にして心不全による入院までの期間や心血管死への影響を調べる試験(EMPEROR-Reduced試験、EMPEROR-Preserved試験、DAPA-HF試験)が行われました。いずれの試験においても糖尿病がなくても慢性腎臓病患者さんや慢性心不全患者さんに良い結果が出ました。

特に慢性腎臓病では近年有効性が認められる新しい治療薬がない状態であり、また今までの治療薬にはないほど大きな効果が期待できるためSGLT2阻害薬は腎臓病を専門とする先生方に非常に大きなインパクトをもたらしました。慢性心不全に関しても、特に心臓の動きがある程度保たれている心不全には有効な治療薬がなかったのですが、どの心不全のタイプにもSGLT2阻害薬は有効であり、こちらも循環器領域で大きなインパクトを与えました。最近では心不全治療薬のなかで重要なお薬は4種類あり、映画になぞらえてファンタスティック4と言われます。そのうちの1つがSGLT2阻害薬になります。

医療経済への影響

高齢化により今後心不全患者さんの急増(心不全パンデミック)が起こるとされています。また糖尿病性腎症や慢性腎臓病により人工透析になってしまう患者さんも多いです。いずれも増えていくと国の医療費の負担となっていきます。SGLT2阻害薬を糖尿病患者さん、慢性心不全患者さん、慢性腎臓病患者さんに適切に使用することにより個人の疾患の治療はもとより、入院や透析を減らし、将来の医療費削減にもつながることが期待されます。

終わりに

最初はどちらかというとイロモノ扱いを受けていたSGLT2阻害薬ですが、現在では糖尿病、慢性心不全、慢性腎臓病の治療においてなくてはならないお薬になりました。お薬の世界でいうと3刀流であり、大谷翔平選手をしのぐほどの活躍をみせています。最初はあまり期待されていなくても、自分でも分からなかった才能を発揮して大活躍する、なんだか小説や映画にでてきそうなストーリーをもつのがSGLT2阻害薬です。

(注意)

慢性心不全、慢性腎臓病に適応があるのはSGLT2阻害薬のなかでもエンパグリフロジン(ジャディアンス)とダパグリフロジン(フォシーガ)のみです(2025年6月時点)

SGLT2阻害薬があまり適さない場合もあります(高齢の方、やせている方など)。あくまで臨床試験を中心にしたお話ですので、なんでもかんでもSGLT2阻害薬を処方すればいいというお話ではありません。

 

 

 

 

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